翌88年、日銀副総裁は2度にわたり総裁に利上げを打診した。欧米は非常事態を解除し、利上げに動く国も出はじめていた。しかし、大蔵省(現財務省)事務次官OBでもある総裁は首を縦に振らなかった。すでに地価は狂乱と形容されるほど上昇していたものの、88年の消費者物価(生鮮食品を除く)の上昇率はO・5%でしかなかった。日銀の政策目標は一般物価の安定で、地価ではなかった。円高で国内企業物価指鍛も下落しており、総裁を押し切るだけの利上げの理論武装はできていなかった。
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もうひとつ大きかったのは消費税の導入だった。88年に消費税法が成立し、89年4月から導入が予定されていた。大蔵省にとっては念願の税制改革だった。その導入の前年に利上げで景気の腰を折ることには慎重だった。日銀が利上げに転換したのは、消費税が導入されたあとの89年の5月末だった。同年の10月と12月にも利上げをし、公定歩合は4・25%になった。土地と同様にバブル色の強かった日経平均株価は12月の利上げ直後に3万8900円台まで上昇し、その後下落に転じた。